修造コラム | 松岡修造オフィシャルサイト

日々の思いを本気で伝える! 修造コラム

コラム

コラムのRSS Feedはこちら

2013年10月のアーカイブ

くいしん坊!万才 岐阜編9

今回は、岐阜県郡上市の北部大和町にある豆腐のお店「母袋工房(もたいこうぼう)」さんにおじゃましました。

標高700メートルにあるこの地域は、山に囲まれた本当に雰囲気のいい場所。

こちらでは、豆腐を燻製にした「燻り豆腐」をいただきます。

 

この「燻り豆腐」は、何と言っても香りがいいんです。

最初にいただいた感覚や食感は、豆腐というより燻製のチーズのようですね。

醤油を上からちょっとかけていただくと、見事に味が変化して、これまたビックリ!

元々の燻製の香りが、より引き立つ感じですね。

また、大葉を巻いた「燻り豆腐の天ぷら」は、本当においしい!

間違いなく大ヒットの一品です。

 

その昔、このあたりでは、豆腐は高級品で、お祝いや行事のときしか食べられないものだったそうで、

そのときに余った豆腐を「とおし」と呼ばれる網かごに乗せ、

囲炉裏の上に吊り下げて、煙で燻してできあがったのが、この「燻り豆腐」だそうです。

一説によると、なんとその歴史は鎌倉時代から続いているんだとか。

 

生活の知恵から生まれたこの「燻り豆腐」はアイデア満載!

そして、大豆いっぱいで栄養&美味しさも満載!!

食べると、元気が湧いてくる気がします!!

 

筧政之助さんにご紹介いただきました。

「母袋工房」さんの燻り豆腐は、豆腐に味噌を塗って一晩寝かせ、

水分がとんで小さくなった豆腐を、桜のチップ燻して作るそうで、

大豆から豆腐を作り、「燻り豆腐」ができあがるまでに3日間かかるそうです。

 

P1000819.JPG

【グランプリシリーズ アメリカ大会】女子フリー&エキシビション放送!

今晩(10/21)、フィギュアスケートのグランプリシリーズ第1戦となるアメリカ大会の女子フリー&エキシビションの模様をテレビ朝日系列で放送いたします!

僕も会場から、選手たちの華麗な演技をお伝えいたしますので、みなさんぜひご覧ください!

 

10月21日(月) テレビ朝日系列にて

20:00~ 女子フリー

23:15~ エキシビション

 

DSC01828_low.jpgDSC01824_low.jpg

くいしん坊!万才 岐阜編8

織田信長が築いた岐阜城をいただく金華山。

その麓にある長良川温泉に名物料理があるとお聞きして、岐阜グランドホテルさんにやってきました。

 

ホテルの部屋からの長良川の眺めは本当に最高です!

この素晴らしい景色を見ながら、本日いただくのは「美濃薬膳料理」。

この料理で使われる材料は、薬草や野菜など細かいものまで含めると実に100種類以上というから驚きです!

スゴいエネルギー、パワーを感じますね。

まずいただいたのは、「美濃薬膳飛騨牛滋養スープ」。

松の実や蓮の実、高麗人参や冬瓜、飛騨牛のスネ肉など、

その食材の数々を聞いただけでも元気が出そうな食材がたっぷり入ってます。

いろんな香りがして、身体がぽかぽか温まるのが分かりますね。

贅沢な一品、そしてホッとするおいしさです。

見た目の色も鮮やかな「ほうれん草菊花粥」は、菊花やくこの実などが入っていて、

いただくと、身体と心に染みわたります。

 

薬膳料理の見た目のすばらしさと美味しさはもちろんですが、

自分の身体がとても喜んでいると一番感じられる料理ですね。

 

P1000869.JPGP1000867.JPG







 

 

料理長の二村利一さんにご紹介いただきました。

なぜ薬膳料理なのかお伺いしてみると、岐阜は薬草の宝庫と言われているそうです。

日本の薬草の分布を南北2つに分けたとき、ここ岐阜は、南の薬草の北限と北野薬草の南限がちょうど重なるところで、

南北の薬草が両方採れるんだそうです。まさに自然の恵みですね。

 

くいしん坊!万才 岐阜編7

今回は、ゆったりとした時間が流れる水の郷、岐阜県郡上八幡にやってきました。

農産加工グループの「土里夢(ドリーム)」のみなさんに、「え」を使った郷土料理をご紹介いただきます。

 

「え」とは「荏胡麻(えごま)」のことで、シソ科の1年草で、実がゴマ粒ほどの大きさのもの。

栄養価が高く、昔から様々な料理に使われ、このあたりでの食卓には欠かせない食材だそうです。

その用途は実に幅広く、五平餅の味噌だれに使ったり、里芋の煮物に使ったり。

 

まずは、「えめし」をいただきました。

すり潰した荏胡麻に、醤油、酒、砂糖を合わせてご飯に混ぜ合わせてシンプルなものですが、

口の中に入れると、荏胡麻の豊かな香りが香ってきますね。

次にいただいた「げんこつあめ」は、水あめに荏胡麻ときな粉とゴマを混ぜて、棒状に形を整えた後、

食べやすい大きさに切ったものなのですが、見た目が硬そうことから、この名前がついたんだとか。

でも、実際に食べてみると、思ったほど全然硬くなくて、どちらかというと歯ごたえのあるわらび餅の感覚ですね。

しかも、食べだしたら止められないほどおいしい!

やみつきになりますね。

大人気のおやつというのがよく分かります!

 

この荏胡麻を使った郷土料理の数々は、おいしさだけじゃなくて、作っているみなさんの想い、ドリーム感じます!

ありがとうございました。

 

P1000824.JPGP1000827.JPG








 

報道ステーション フリーダイバー岡本美鈴選手~イルカに魅せられ"カナヅチ"から銀メダル

今回取材させていただいたのは、フリーダイバーの岡本美鈴さん、40歳。

先月ギリシャで開催されたフリーダイビング世界選手権で、日本人初となる銀メダルを見事獲得しました!

しかし、美鈴さんがこの快挙を達成するまでには、幾多の困難が...

美鈴さんは、なぜその困難を乗り越えることができたのか、

そしてどのようにフリーダイビングと出会ったのか、お話を伺いました。

 

フリーダイビングとは、空気タンクを使わずに、どれだけ深く潜れるかを競うスポーツ。

まず自分の潜る深さを申告して、海の底へ。

目的地まで到達すると、糸で繋がれたプレートを取り、自力で海面へ戻っていきます。

時間にして約3分。最も過酷なのは、海面に戻る瞬間だそうです。

美鈴さんが世界選手権で挑んだのは、水深86m。

酸欠状態で意識を失う選手もいる中、見事成功です!

 

美鈴さんの練習場所におじゃまして、一緒に少し潜ってみましたが、本当にきつくてしんどい。。。

それなのに、なぜそんなに深く潜れるのか。

そのためには、水の中を縫うように、まるでS字を描くように、身体全体を柔らかくしならせてフィンを蹴って進み、

なるべく抵抗の少ない泳ぎ方で、酸素消費量を節約しながら潜ることが理想だそうです。

実は、この泳ぎ方にはお手本があるんだとか。それは「イルカ」。

美鈴さんは水族館に通って、イルカを見ながらイメージトレーニング。

そして、イルカのしなかやかさを身につけるためにヒップホップダンスも習い、

さらには、イルカの動きをしながら歩くウェービングウォーキングも日常生活の中に取り入れるなどなど、

イルカに近づくために考えうる様々な方法を積極的に試し、実践しているんですね。

 

こうして、今では世界のトップダイバーにまでのぼりつめた美鈴さんですが、

実は10年前まで、海に潜るのはおろか、泳ぐことすらできない“カナヅチ”だったというから驚きです。

海とは全く無縁のごく普通のOLだったという美鈴さん。

しかし、20代のときにに起こった2つの出来事が、人生を変えたそうです。

1995年3月20日に起こった地下鉄サリン事件。

実は、通勤途中の美鈴さんも、あの電車に乗っていて、

意識が朦朧とする中、初めて死を間近に感じたんだそうです。

そして、その翌年、今度は卵巣腫瘍が発覚し、症状は重く、手遅れ寸前。

そのとき美鈴さんが感じたのは、「自分の明日は何も保障されてない」ということ。

「生きていることが当たり前のように、来年の夏が当り前に来るように、そのときは感じて生きていたけれど、

そんなこと誰にも保障されていないんだということが分かって、

今持っているものとか、これから出会う好きなもの、そういうものを大事にして、

何が起きても後悔が残らないように、全力を尽くしていきたい」と思うようになったそうです。

 

そんなときに、偶然テレビで目にしたのが、イルカと人間が一緒に泳ぐ姿。

「今までにない挑戦をしてみたい。カナヅチを克服して、自分もイルカと一緒に泳ぎたい」と強く思ったそうです。

そこに、さらなる偶然が重なって、ある日本代表のフリーダイバーの方と出会い、

イルカと一緒に泳ぐには「フリーダイビングが一番早道だよ」と教えていただいたんだとか。

決断したとき、美鈴さんはすでに30歳。

それでも、日本の第一人者のもとに飛びこみ、猛特訓!

そして1年後、ついにイルカと一緒に泳ぐという夢を実現させたのです。

ものすごい達成感を感じる中で、美鈴さんが思ったのは「またその奥が見てみたい」ということ。

次第にフリーダイビングの虜になり、記録を伸ばすためにあらゆる方法を探し求めるようになっていったそうです。

その一つがヨガ。

緊張感や恐怖感があると、酸素の消費量が多くなると言われているので、

それを抑えるために瞑想して、心を落ち着かせるのが狙いです。

さらに、少ない酸素でも運動能力を高められるように、高地登山の訓練に使う低酸素室での訓練も始めました。

すると、競技を初めてたった3年で、日本記録を樹立!

一昨年の世界選手権では、日本人初の銅メダルを獲得!

去年は、世界歴代3位となる水深90メートルを記録!

そして、先月の世界選手権での銀メダルです!

「毎回これが最後かもしれないという思い、そして、来年があるからとは思わないで、

今できることを全力でやっていって、これ以上ないぐらい思い切り自分を出す。

いつ終わりが来ても、いつできなくなっても、悔いがないようにしたい」

という美鈴さんの強い言葉には、彼女の相当な覚悟を感じましたね。

 

今回僕は美鈴さんにお会いして、自分の「限界」という言葉の認識が変わりました。

「限界まで頑張る」。僕は「限界」=「ゴール」という捉え方をしていたのですが、

美鈴さんの場合は、限界の先に醍醐味があり、「限界」=「スタート」という捉え方をしていて、

僕が知らないような達成感を知っているので、とにかく成長が早いですよね。

3年間で、カナヅチから日本記録まで樹立しちゃうんですから。

現在、101mというのが世界記録なんですが、「そこまで行くんですか」と質問したら、「潜れます」と即答。

限界を自分で作っていないのですから、可能性は無限ですよね。

今、美鈴さんは40歳ですが、世界記録保持者は51歳。

フリーダイビングは、まだまだ美鈴さんの限界を楽しめる競技なんだなと思いますね。

 

P1000807.JPGP1000809.JPG








 

くいしん坊!万才 岐阜編6

岐阜県恵那市の恵那駅から明智駅をつなぐローカル列車、明知線。

今回は、名物の寒天を使った懐石風料理がでる食堂車に乗り込みました!

その名も「寒天列車」です!!

 

大きな3段重ねのお重には、見るだけでワクワクするような料理の数々が並んでいます。

寒天の刺身や、和えもの、蕎麦、寒天よせ、山菜おこわなどなど、実に16種類!

「寒天の刺身」は、きれいに透き通っていて見た目にも涼しく、食べ応えは思ったよりもしっかりありますね。

「寒天寿司」は、酢飯の代わりに細寒天が入っているのですが、おもしろい!

「寒天御飯」は、見た目が完全に山菜おこわなので、

これにはさすがに寒天は入ってないだろうと思いましたが、

これにもしっかり寒天が入っているとのこと。

ご飯がツヤツヤしているのですが、このツヤが寒天からきてるんだそうです。

寒天が入っているからか、ご飯の喉越しがいいですね。

 

寒天は、料理をより輝かせてくれる食材だと思いましたね。

みなさんの寒天を愛する心、そして創意工夫された料理の数々に感謝です。

景色を愛でながら、食事を楽しめるというのが寒天列車のいいところですが、

寒天料理をいただいていると、心まで寒天のように透き通っていく気がします!

 

P1000901.JPGP1000897.JPG








 

報道ステーション ドッジボール日本一へ~小学生たちの熱き戦い

今回取材させていただいたのは、「ドッジボール」。

ドッジボールといえば、みなさんも一度はしたことがあると思うのですが、

中学校に部活はありません。もちろん、プロもありません。

ただ、全国大会に向けて、本気になってこのドッジボールに取り組んでいる小学生たちがいるのです。

全国大会だけに設置されるカラーコートと呼ばれる舞台は、小学生たちにとって憧れの場所。

この夏子どもたちは、このカラーコートにすべてをかけていました。

 

競技ドッジボールは、1チーム12人で内野と外野に分かれて戦い、

最終的に、内野に残った人数が多いチームが勝利します。試合時間はたったの5分。

最も特徴的なのが守備で、横一列になってコートを移動するのですが、

このフォーメーションを組むことによって、たとえボールをはじいても、味方がしっかりカバーしてくれる。

ドッジボールで何よりも大事なのが、この「キャッチ」なんだそうです。

 

全国大会の2週間前、僕が取材に訪れた全国大会常連の強豪、群馬県代表の「佐野小ファイターズ」でも、

ひたすら行なっていたのが、この「キャッチ」の練習でした。

その中で、高校生が放つボールをことごとくキャッチしていた少年が、6年生の吉田悠真くん。

しかし、夏が始まるほんの数ヵ月まで、悠真くんはチームの足を引っ張る存在だったそうです。

小学3年のときにドッジボールを始めたのですが、決して運動神経がいい方ではなく、

5年生になっても、ボールを怖がって後ずさりするばかりだったという悠真くん。

今年3月に行なわれた全国大会では、5年生で一人だけカラーコートに立てず、

「悔しすぎる」経験をした悠真くんは、あえて困難な挑戦を決意し、

司令塔とも言える守備の真ん中「センターポジション」に志願したそうです。

 

そこから努力の日々が始まり、毎朝5時に起きて、近所の神社で自主練習。

バスケットボール経験のあるお母さんにボールを投げてもらい、徹底的にキャッチを磨く。

さらには、家でも、お母さんからビックリするほどの至近距離で投げられたボールをキャッチ。

4ヵ月間、休むことなく行われた練習の成果が徐々に出てきて、

佐野小は県予選を勝ち抜き、見事夏の全国大会への出場を決めました!

 

全国大会のカラーコートには、センターポジションとして出場した悠真くんの姿がありましたが、

初めての大舞台だからか、予選リーグでは、普段なら捕れるボールがことごとく捕れない。

チームは決勝トーナメント進出を果たしたものの、決勝2回戦の試合ではスタートから猛攻をかけられ、

相手チームにリードされるという苦しい状況でしたが、

そんなときに相手チームの剛速球を見事キャッチしたのが悠真くんでした。

努力が実を結んだ瞬間です。

このキャッチがチームに勢いをもたらし、試合の流れを変え、佐野小は見事ベスト8進出!!

続く準々決勝で、惜しくも負けてしまいましたが、憧れのカラーコートですべてを出しつくした子どもたちに、

心から拍手です!

 

試合後に、心がどのくらい変わったか聞いてみると、

「昔と全く変わりました。別人みたいに。成長したと思います」との答えが。

悠真くんは、ドッジボールを通して強くなった。

練習の中に、100本キャッチできるまで終わらない「100キャッチ」という練習があるのですが、

去年の100本キャッチでは、全然捕れない、怖くて後ずさりする、逃げる、そんな状態だったのですが、

今年の100本キャッチでは、剛速球でも捕る、逃げない、ガッツポーズや声も出す。

そして、最後の100本目では、なんと一歩前に出て、見事ボールをキャッチしてガッツポーズ!

お母さんが、「これで心の土台ができた。これで大丈夫」とおっしゃっていたのが印象的でしたね。

年齢に関係なく、何かに打ち込む、本気になって一所懸命取り組むというのは、

自分を変えられるだけでなく、周りにも勇気を与えられるということを改めて実感しました。

 

DSC01576.JPGDSC01579.JPG