修造コラム | 松岡修造オフィシャルサイト

日々の思いを本気で伝える! 修造コラム

コラム

コラムのRSS Feedはこちら

報道ステーションコラム』の最近のブログ記事

【報道ステーション】スピードスケート 髙木美帆選手「3年間で入った本気スイッチ」

今回は、スピードスケートの髙木美帆選手に取材させていただきました。

美帆さんといえば、2009年のバンクーバーオリンピック代表選考会で、いきなり優勝し、

日本スピードスケート史上最年少15歳で代表入りして一躍注目を集めた選手です。

そのデビューは衝撃的でしたが、4年後はまさかのソチオリンピック代表落選。

 

なんだかジェットコースターのような感じですが、

僕は美帆さんがソチの代表になれなかったことで

大きな挫折を経験しているに違いないと思ったんです。

だって、僕が同じ状況なら、間違いなく、とてつもなく挫折してるはずだから。

ただ、美帆さんから返ってきた言葉は意外なものでした。

 

「挫折って感じたことないんですよね」

 

挫折を感じたことがない!?!?!?

どういうことでしょうか。。。

 

その理由は、周囲の期待と本人の情熱との気持ちの差にあったようです。

元々小さいときからオリンピックに絶対出るという目標や夢があったわけではないのに、

運よく中学生のときにオリンピックに出ることができたという美帆さん。

だから、ソチの代表選考会で落選したときに、

オリンピックに向けてこの4年間本当に人生懸けてきたんだろうか、

それくらい死にもの狂いで必死にがんばってきたんだろうか、

と自問自答した結果、その答えがノーだったんでしょうね。

スケートに人生を懸けるだけの、そして挫折を感じられるほどの覚悟がまだできていなかったと。

 

ただ、そんな美帆さんの意識を変えたのが、2年前に発足したナショナルチームのヨハン・デビットコーチ。

トレーニングをすべてデータ化したことで、量も質も今まで経験したことのないほどのトレーニング改革です。

そして、自信を持てなかった美帆さんに、感覚的なアドバイスではなく、

きちんとデータで示して、美帆さんができているということを認識させたデビットコーチ。

「同じ人間にできているんだから、美帆さんにもできる」ということを気づかせてくれました。

 

自分にもできるという自信につながったとき、美帆さんに“オリンピックスイッチ”が入りました!

人生で初めて“本気スイッチ”を入れて臨むオリンピックでは、

美帆さんのガッツポーズがきっと見れるはずです!!

 

IMG_3912.JPG

ウィンブルドン開幕前にウインブルドンへ...

日本のテニスは錦織圭選手のおかげでメディアでも注目を浴びている。

数年前なら考えられないことだが、テニスだけの取材で、なんとイギリスはロンドンに1週間

取材に行かせてもらいました。

 

6月20日月曜日

006.JPG

ヒースロー空港に到着するや否や、飛行機が少し遅れて、さらに車で渋滞にはまると大変

ということで、荷物をドライバーに預け、電車移動でオックスフォードストリートにあるユニクロへ。

子供たちとのイベントが行われていました!

 

007.JPG_68W6349.JPG

 

 

 

 

 

 

 

開幕1週間前にも関わらず、世界NO.1のノバク・ジョコビッチ選手が単独インタビューを

させてくれるなんて。この模様は27日月曜日の報道ステーションですでに放送されました

が、リオオリンピックについても話してくれましたので、その模様は8月5日テレビ朝日の

「リオオリンピック開幕特番」で放送されます!

 

6月21日火曜日

013.JPG

土居美咲選手にインタビューをさせていただくために、ロンドンから車で走ること2時間30分、

イーストボーンの大会に行ってきました。前日は雨で順延になっていたため、土居選手の

試合が1日に2回もあり、でも見事2試合勝ちきって3回戦に進出!

さすがにインタビューは明日にさせてもらうことに。

でも、久しぶりに女子の大会をじっくり見させていただきました。

 

6月22日水曜日

019.JPG

再びイーストボーンへ…天気が不安定で降ったりやんだりの1日。土居選手の3回戦も

試合途中で明日に持ち越し。でも、土居選手のご厚意で試合後にインタビューをとらせて

いただきました。ありがとうございました!

 

 6月23日木曜日

029.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドン近郊で行われたエキシビションマッチに錦織選手

が出場するということで試合会場へ。

見事な庭園に囲まれたグラスコートでした。

錦織選手の相手は全仏で悔しい負け方をしたフランスの

ガスケ選手。脇腹の怪我で試合を棄権した後だったので

心配していましたが、華麗なプレーで圧勝!

今年こそ、ウインブルドンでいい成績が出せそうな、

わくわくする試合でした。

 

 

6月24日金曜日

043.JPG

 

 

ウインブルドン予選決勝、西岡選手の試合を観戦。

追い詰められても逃げずに攻め続けた良仁が見事

本戦へ!いや~、たいしたもんだわ。

 

054.JPG

そして、クライマックス!

錦織圭選手のインタビューをさせてもらいました。

大切な大会前の時間をありがとう!

・ウインブルドンのついて

・リオオリンピックについて

いろいろと話をしてくれました。その内容な、

報道ステーションやオリンピック特番で紹介します!

今年こそ、僕のベスト8を超してもっと上まで行って

欲しい!

圭は芝に対して苦手意識があるかもしれないけど

ピタッとタイミングが合えば、圭は芝で優勝できる

選手だと思う。

 

最後の最後に!

059.JPG

 

 

 

 

 

 

月曜日の報道ステーションをご覧になってご存知の方

もいらっしゃると思いますが、グラスコートのボールの跳

ね方を検証するために、なんとロンドンで芝のコートを借

りて検証ロケをやらせてもらいました。久しぶりの芝の

コートでのプレー、やっぱり芝はいいね。

 

 

そして、Ealing Lawn Tennis Club のみなさま、急なお願いにも関わらず大切な芝のコートを

貸してくださり、ありがとうございました。 

070.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

GO.JPG

 

 

 

そして、剛!

久しぶりに会えて本当にうれしかった。 

剛のおかげで芝のコートで撮影をすることができました。

本当に本当にありがとう!

いまでもテニスを続けてくれていてうれしいよ。

 

 

今回のロンドン取材はいい出会いがたくさんありました。

ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【報道ステーション】やり投 新井涼平選手「日本人初の90m突破へ」

今回取材させていただいたのは、やり投の新井涼平選手、24歳。

リオオリンピックでのメダルも期待されている選手です。

そんな新井選手の原点は「メディシンボール」。

通常は、トレーニングで使われる重いボールなのですが、

新井選手は、トレーニングだけではなく、とんでもない使い方をしているんです!

なぜなら、彼は”やり投仙人” だから!!

 

”やり投”は、重さ800g、長さおよそ2.6mの”やり”を投げて、その飛距離を競う競技。

90mを超えると「メダル確実」と言われているんですが、

新井選手は、その大台を日本人で初めて超えられるかもしれないんです!

最近の活躍が目覚ましい新井選手ですが、その過去は・・・栄光とはかけ離れた人生を歩んでいたそうです。

 

もともとしていたスポーツは、小学生のときのソフトボール、そして中学生のときの野球。

ただ、野球は、ずっとベンチに座っていて、いるだけの存在で何も取り柄がなかったと言う新井選手が、どうしてやり投をすることになったのか・・・

そのきっかけは、高校1年の夏に、たまたまテレビでしていた世界選手権で、金メダルを獲得したフィンランドのピトカマキ選手の一投を見たときだそうです。

そのビッグスローを見て衝撃を受け、「とりあえず”やり”に触ってみたい!」と思ったんだとか。

 
そして、ここからがすごいんです!
一瞬で”やり”に心を奪われた新井選手が、すぐさま行ったのは陸上部の部室。
たった3名の部員にやり投の選手はいませんでしたが、
部室には、1本だけ埃まみれの”やり”があったそうです。

それからは、グラウンドの隅っこで”やりを投げ続ける日々。

専門的な指導者もおらず、ほとんど独学で練習していた新井選手の一番の悩みは・・・

練習場所の左側に木が2本あって、投げて左にそれてしまうとやりが木に引っ掛かってしまうこと。

やりが1本しかないので、高さおよそ10mの木の上から、どうにかして”やり”を落とさなくてはいけません。

ものを当てて落そうと、いろいろなボールを投げるものの・・・なかなかうまくいかず、

そこで思いついたのが「メディシンボール」だそうです。

短いときは10分で落ちることもあれば、長いときは2時間半~3時間くらいかかることもあったんだとか・・・ただ、決してあきらめなかったというからすごいですよね。

 

今までお話を伺っていると、高校では”やり投をしている時間よりも、

メディシンボールを投げている時間の方が長いような。。。

そして、グラウンドが使えない休日などには、家の近くの川辺で、川を背にして立ち、

上から横からひたすら大きな石を川に投げ込む、という驚きのトレーニング法を編み出し、

そのトレーニングで、川をせき止めたことまであると言うんですからびっくりです。

自らを「野生児」という新井選手は、埼玉の都会でやり投をしている選手から、

「やり投仙人」と呼ばれているんだとか。

独学で試行錯誤しながら編み出した工夫は、思った以上にやり投のための力になっていたんですね。

そして、大学入学後に学んだ専門的な技術と、より本格的なトレーニングで、

その力を大きく伸ばし、今ではオリンピックのメダルが見えるまでになりました、

野生児だからか、聞いている僕まで、新井選手なら「できる!」と思っちゃう。

 

メディシンボールを何度も投げて”やり”を落とす。

普通は、何度やってもできなければ、あきらめるか、誰かに相談すると思うんです。

”やり”を落としたい一心というか、本当に一途なんですね。

それしか見えていないというピュアさ。こんな選手は初めてです。

こんなピュアな心を持っている新井選手ですから、なんかやり遂げてくれるに違いありません!

 

IMG_6504_low.jpg

IMG_6505_low.jpg

IMG_6503_low.jpg








 

”やり”を落とすために使っていたのは、重さ3kgのメディシンボール。

そこで、メディシンボール投げを再現してもらいました。

クレーンを使って、僕が”やり”を持って10メートルの高さまで上がり、新井選手にメディシンボールを投げてもらうと、驚いたことに、見事1発で命中!!! これには本当に驚きました。
 

【報道ステーション】体操 白井健三選手 史上初のH難度技

時代とともに、どんどん進化している体操の「ゆか」の技。

「2回宙返り 1回ひねり」は通称「月面宙返り」。

「2回宙返り 2回ひねり」になると「新月面宙返り」。

そして、さらにひねりを1回加えた「2回宙返り 3回ひねり」は「リ・ジョンソン」。

そしてそして、足がすべて伸びた状態で行う「伸身2回宙返り 3回ひねり」はというと「シライ3」!

この技を生み出したのは、今回取材させていただいた体操の白井健三選手、19歳。

現在「ゆか」では、150もの技があるのですが、史上初めて最高のH難度に認定されたんです!

「ゆか」で白井さんの名前がつく技は、「シライ/グエン」「シライ2」「シライ3」の3つ。

まだ若いのに、スゴい!!

 

世界を突き放す”進化”を続けている白井選手。今回の取材では、その強さの秘密に迫りました。

白井さんしか、この「シライ3」という大技をできていないということは、他の誰よりも優れた何かがあるはず。

それが何だと思うか伺ってみると、「勇気」との答えが。試合で使う「勇気」。

しかも、白井さんの考えは「普段の練習ではある程度の力しか出ない」ということ。

「試合で考えられないくらいの力が出た時に、いい形が出る」と言うんです。

これには本当に驚きました。

なぜなら、普通は、試合のときに緊張してしまって、練習ではできていることができないと思ってしまうから。

それを、試合の感覚が基本と捉えている白井選手は、本当にスゴいです。。。

 

その強いメンタルを感じさせる言葉が、インタビュー中に他にも聞けました。

それは、「ゆか」の演技に臨む際、こう考えているというんです。

「ゆかの演技をすることは、ごはんを食べる、トイレに行くのとたいして変わらない。自分のためにやることだから、やって当然。なので、たいして緊張もしないし、あまり気持ちの上下がない」と。

恐ろしい19歳です。まだ10代なのに、技も、メンタルも、別次元!

 

ただ、ここまでの域に達することができたのには、あるきっかけがあったそうです。

それは、2014年の世界選手権。

前年、初出場初優勝を果たした白井選手は、連覇を期待されていましたが、僅差で2位に終わりました。

このとき、白井さんは「同じことをやっていたから負けたんだ」と思ったそうです。

「知らないうちに満足していて、同じ内容でも勝てるだろうと思っていた」と。

このときの演技構成は、2013年に優勝したときと同じもので、

失敗しないのが当たり前で、その内容自体に目標を見失っていたという白井選手。

このとき、上の選手だからこそ、もっと突き放すことが、勝つための近道なんだと気付いたそうです。

 

それからの1年間、白井選手が求めたのは、新たな高難度の技の習得。

そして迎えた昨年の世界選手権では、当時最高G難度の大技「リ・ジョンソン」を見事成功させ、

さらに次々と大技を決めて、2年ぶりの世界王者に返り咲きました。

失礼かもしれませんが・・・「負けてよかったですか?」とお聞きすると、

元気よく「本当に負けてよかった!」と返ってきました。

多分2014年も勝っていたら、2015年でどうせ負けていたと。

 

「白井健三」という選手を一言でいうと、どういう性格か伺ってみると、「勝ち好き」という答えが。

初めて聞きました、こんな言葉。

「負けず嫌い」とはよく聞きますが、「自分の満足できる試合の内容なら負けてもいい。負けから教わることもいっぱいあるので、負けが悪いものだとは思わない。ただ勝ちたい欲は人一倍強いですね」という、もう19歳とは思えない言葉の数々。恐れ入りました。。。

 

今回の取材で、19歳の白井選手から、本当に多くのことを学ばせていただきました。

話を聞いて、ある言葉を言いたくて言いたくてしょうがなくなりました。それは・・・

「やっぱり健三!」

僕がお話を聞いた45分の間に、白井選手は、この「やっぱり」という言葉を64回おっしゃったんです。

「やっぱり」という言葉は、今までの経験を基盤として、前に向かっていく、成功させる確信があるから、「やっぱり」と言えると思うんです。

こういう「やっぱり」の使い方ができる白井選手は、間違いなく前に進めている。

19歳でこんなに「やっぱり」使う人はいないな~と。

 

技もメンタルも別次元の白井選手。リオオリンピックが楽しみで仕方ありません!

 

【報道ステーション】最大のライバルが二人三脚 男子柔道「重量級改革」

今回取材させていただいたのは、リオオリンピックでのメダルが期待される「柔道」。

今までも、山下泰裕選手、斉藤仁選手、井上康生選手、鈴木桂治選手、石井慧選手といった多くの選手が金メダルを獲得してきた、柔道の花形と言われる重量級。

しかし、4年前のロンドンオリンピックでは、残念ながら惨敗でした。

日本柔道がかつてない挫折を味わう中、改革に乗り出したのが、井上康生さんと鈴木桂治さんです。

 

全日本男子監督に就任した井上さんが打ち出したのは、重量級の再建。

「重量級は重量級のための別のプランで強化を図っていく」という目的を実現するために、

井上監督が強く希望したのが、鈴木桂治さんの重量級コーチへの就任です。

過去はライバルだったかもしれませんが、この改革を成功させるためには、

ライバル同士が手を組んでやらないといけないという強い思いがあったそうです。

そして、勝つために必要な一番のポイントは何か伺ったところ、それは「対応力」とのこと。

「今世界中で行われている格闘技をルーツにした横文字の”JUDO”というものを世界各国の選手が作り上げている。

いわば、格闘技の複合体と戦うためには、対応力を磨く必要がある」と。

 

本来、漢字の”柔道は、相手の襟や袖をつかみ、しっかり組んでから投げるのが理想なのですが、

横文字の”JUDO”では、不十分な組手からでも、”柔道”にはない攻撃を仕掛けてくる。

そんな海外勢に対応するために行ったのが「世界の格闘技を知ること」でした。

例えば、ロシアの格闘技「サンボ」もその一つ。

 

さらに、対応力を高めるために見直したのが練習内容。

ひたすら量をこなし、体と心を鍛える従来の練習法だけでは”非効率的”と考えていた井上監督は、

練習量も大切だけれども、練習の質を充実させ、高めることも重要と考えたのです。

通称「部分稽古」と言われる練習では、試合で起こり得るあらゆる場面を想定し、

1つ1つ対応策を体と脳に叩き込んでいきます。

こうして進んでいった重量級改革ですが、目に見えた結果が出なかったのが100kg級。

そこで、2014年4月、井上監督と鈴木コーチが下した苦渋の決断・・・

それは、この年の世界選手権への100Kg級の代表派遣見送りでした。

 

どうしてこのような決断をしたのか伺ってみると、鈴木コーチからはこんな言葉が。

「4月に最終選考の試合が行われるんですが、この試合で勝った選手が代表が選ばれるんだねっていう空気になってしまっている。日の丸をつけることに慣れてしまっている感じがとても嫌だった」と。

 

その当時、100kg級の代表に選ばれると目されていた羽賀龍之介選手は、

井上監督の高校・大学の後輩で、数々のタイトルを獲得し、「井上康生2世」と言われた逸材でした。

しかし、羽賀さんは、代表派遣見送りとなった世界選手権を会場で観ていました。

そして、代表選手の柔道着をクリーニングに出したり、選手の座る場所を取ったり、

言わばマネージャーがするようなことをしていたという羽賀選手。

その経験が本当に悔しかったそうです。

その悔しさがあったからこそ、その後の練習では「これぐらいでいいだろう」という思いがよぎっても、「まだまだ駄目だ」という思いが勝り、その甘さを掻き消していく。

一切の妥協を捨てて、柔道に向き合った羽賀選手は、1年後にカザフスタンで開催された世界選手権で、無事に日本代表の座をつかみました。

そして結果は、見事、4大会ぶりとなる金メダル獲得です!!

日本の重量級改革が、一つの成果を示した瞬間でした。

 

井上監督や鈴木コーチにお話を伺っていると、僕の方がゾクゾクして、「男」「日本」というものを感じましたね。

中でも、すごいなと思ったのが、その「柔軟さ」。

お二人は、世界のトップに立った金メダリストです。

日本の柔道は、一本を取るという柔道に、理想とこだわりを強く持っている。

ですから、普通なら、その理想とこだわりの柔道をすれば金メダルが取れると教えるはずです。

なのに、思い切りかけ離れた横文字の”JUDO”を取り入れていく、その柔軟さは素晴らしいなと思いました。

 

さまざまな改革を経て、いよいよ迎えるリオオリンピック。

井上監督と鈴木コーチが4年かけて追い求めてきた答えがそこにあります。

「日本柔道 重量級の完全復活」 いやがうえにも、期待が高まります!!

 

DSC00109_low.jpg

DSC00108_low.jpg